柔道整復師とは
「ほねつぎ」として庶民から親しまれて育った
柔道整復師は、「接骨師」「ほねつぎ」と呼ばれ、古くから庶民に親しまれ、そして信頼されてきた日本の伝統医療(民族医学) の一つで歴史的に伝承されてきた柔道整復の技術と西洋医学の知識に基づき、人体の骨・関節・筋や腱等軟部組織の損傷に対して保存的療法(手術をしない療法)で治療する国家資格者です。
法律において「柔道整復師」とは、柔道整復師試験に合格し、厚生労働大臣の免許を受けて、柔道整復を業とする者をいいます。
歴史 こうして生まれた
「ほねつぎ」、「接骨」、「整骨」など様々な呼ばれ方をされますが、正式名は「柔道整復(師)」といいます。
「柔道」が名前に含まれるのは、日本古来の武術の発達と密接な関係があるからです。
本来、武術とは「殺法」なのですが、合戦の時、負傷者の手当てや、武術の稽古時の怪我の治療、仮死者に蘇生を施す「活」等を行う内に、「殺法」の表裏一体の技術として「活法」が生まれました。
江戸時代になり、各流派の柔術師範が柔術を教えながら、一般の人にも治療を行うようになり、中国医学、蘭医学(西洋医学)などの長所もとりいれ、流派独自の「活法」=「接骨・整骨術」が発達しました。
明治時代には、西洋医学に重きをおいた「医制の改革」により「接骨」は衰退しました。
しかし、明治45年、柔道家による接骨業公認運動が開始され、大正2年には、各流派の柔術家が「柔道接骨術公認期成会」を結成し、復活運動を繰り返したことにより、大正9年、内務省令により「あんま術営業取締規則」の準用により、「柔道整復師」という名称で公認され、同年、第1回の資格試験が施行されました。
第二次世界大戦後、柔道整復師も養成学校を卒業して資格試験を受ける免許制度となり、昭和45年には、かねてからの念願であった単独法としての「柔道整復師法」が成立しました。
平成元年には日本柔道整復試験財団が設立され、今までの都道府県知事から厚生大臣免許(国家免許)になりました。
同年、日本柔道整復接骨医学会が設立し学術大会が開催されました。また、平成4年に認定柔道整復師制度が発足し、平成14年には柔道整復師の施術がJudo therapyとして世界保健機構(WHO)からも認知されました。
そして現在は全国学術団体会議の第7部にも団体登録されています。